「佐渡が島」紀行 10 「佐渡奉行所跡」見学
幕府の直轄地となって「相川」に「奉行所」が
置かれたそうです。その後、何度か焼失した
そうですが、平成13年から江戸時代と
同じ材料を使って復元工事が行われたとのことです。
「奉行所」とは、「市役所と裁判所をあわせもったところ」を
いうそうですが、佐渡奉行所が他の奉行所と違うところは、
「小判を作る工場をあわせもっていたこと」だそうです。
この地に奉行所が建てられたのは、
① この上の金山でたくさんの金が採れたこと。
② 海が近く、物資の出し入れが便利だったこと。
③ 周りが崖に囲まれて、敵に攻められにくかったこと。
からだそうです。
102人の奉行がかわるがわる任命されて佐渡に
渡ったそうですが、待遇は全国の奉行所でもトップクラスで、
時代劇でおなじみの「お白州」も建物の中に
ありました。
英語で「むしろ」というのはそのまま使うのかなと
思いましたら、≪straw mat》となっていました。
金採掘に関する道具や
金の精錬が体験できる
「勝場(せりば)というところも
ありました。
写真の字が書いてある袋に鉱石を入れて運んできたのだ
そうです。
時代劇ではよく見る「奉行所」ですが、実際に見学して
いろいろなことが分かり、勉強になりました。
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